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いざカンボジアへ(5月21日)

 5月21日、朝4時半。

僕と神吉さんは浅〜い仮眠から目覚め、
そそくさと宿をチェックアウト。

今回は時間がないので、タクシーを使って
バンコク北バスターミナルへ。

もちろん、安宿街にたむろするタクシーなどは
リスクがあるので、流しのタクシーをつかまえて。


カンボジアとの国境の街・アランヤプラテートへは
この北ターミナルからバスで4~5時間。


ターミナルに着くと、あと2分後に出発する便が
あったので、迷わずチケット購入。


そして、あっという間にバンコクを後に・・・。


若かりし頃のバックパッカー時代の、あのゆったりした
時間の流れなどどこ吹く風。

今回の目的は別のところに明確にあるので、
とにかく時間を節約。


前日ほとんど寝ていなかったので、もちろん爆眠。


目覚めると、バスの後ろから聞きなれた言葉が・・・。


そう、クメール語。


思わず、カンボジア人?とクメール語で声を掛けると
当然話しは盛り上がる。

その人たちは、バンコクに出稼ぎに来ているとのこと。

建設現場で日当170バーツぐらいで働き、これから
カンボジアへ帰るところ。


とはいえ、パスポートもない様子。


このまま行くと、国境近くの軍隊による検問にひっかかる。
そのときにお金を払えば大丈夫だけど、ない場合は2日間
拘留されて、カンボジアに送還されるとのこと。


僕が話しをしていたうちの1人は、途中で降り、
1人は検問所までバスに乗り、さみしげに降りていきました。


もっと言葉ができれば、彼ら・彼女らの生活やヒストリー、
ここらへんのからくりなども聞き出せるのに・・・。

今後のカンボジア関係の事業のことを考えても、そろそろ
本気でクメール語を勉強しないといけない時期に来たようです・・・。


そんなこんなで国境へ。


11年前、始めてこの国境に来た時ほどのカオスはなく、
すっかり観光客慣れした感じがしていました。

とはいえ、シェムリアプやプノンペンの空のルートに
比べれば依然マイナーなルート。

まだまだ観光客用のルートが確立されたわけではない。

不慣れな人にはちょっとは危険もあるのかなあ。



で、


国境といえば、国境貿易。

タイからの商品を運ぶ、運び屋の人たちが行きかう、
カジノが濫立したこの通りを歩いていると、知った顔に
であった。


昔から、僕のカンボジア行きはもっぱらこのルート
なんですが、いつも国境にいる兄ちゃんがいた。


名前も知らない。

向こうもこっちの名前は知らない。

お互い、名前を聞きもしない。


意気投合して名前も住所も聞きあって、友人になっていく・・・
そんなものではない、名前を聞くこともどっちもしないけど、
なんだか心地よい関係。

そんなのもアジアにはある。
と僕は思っている。


まあ、こういうときは、最後に(小銭レベルの)お金が
絡んでくるんだけど・・・。


「今回はどこに行くの?」

「バッタンバン」

「タクシーはあるの?」

「いや、乗り場からピックアップ拾って、荷台で行くよ。」

「危ないよ」

「大丈夫。ピックアップは何回も乗ってるし。
 それに今回は荷台から撮影したいし。」

「じゃあ、そこまで連れて行くよ」

「いいよ。お金払えっていうでしょ?自分でいけるよ」

「まあ、いいから。」

勝手にトゥクトゥクをつかまえる兄ちゃん。

そしたらやっぱりいた。


強引な客引きが。


値段交渉をご飯を食べながら行い、ちょっぴり高めの
金額でトラックに乗ることにした。


こういう交通手段は午前中にかたよるのに、その時は
すでにお昼を過ぎていたので仕方ない。


青空の下、ピックアップトラックは走り出した。


僕らの過激で楽しいカンボジアの旅がはじまった・・・。


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